転載許諾を得た記事)原辰徳 (2024). 連載 サービスエクセレンス規格で目指す組織のレベルアップと事業革新 第7回 ISO/TS 23686(測定規格)の勘所. J-Club NEWS, Vol.30, No.4, pp.9-12.
今回は,ISO/TS 23686(サービスエクセレンス—サービスエクセレンスのパフォーマンスの測定—)(以下,本規格)を概説します.本規格は,ISO/TC 312 WG1で開発され,2022年10月に発行されました.JIS版はありませんが,2023年10月に英和対訳版が発行されています.一部抜粋・要約しているため,規定事項の正確な表現や適切な取り組み(appropriate practices)の詳細は,規格文書や対訳版をご参照ください.
規格開発の経緯
本規格の開発のプロジェクトリーダーを務めたChristopher Rastin氏は,ドイツの大手エネルギー企業 E.ONで顧客体験マネジメントやNPSⓇの設定・実行に取り組んできた実務家です.日本規格協会のISO/TC312特設ページには,Rastin氏に対するインタビュー記事が掲載されています[i].まず,この記事にも書かれている規格開発の経緯を確認しておきましょう.本規格は,顧客の声の分析に加えて,組織の弱点を検知するためのサービスエクセレンスの測定システムの規格化が必要という考えのもと,開発が進められました.元々,フランスがコンビーナを担っていたWG3にて開発が進められていましたが,同時期に開発が進められていたISO 23592(原則及びモデル)をベースにISO/TS 23686を作ることが必要と判断したため,2019年に本規格の開発を一時休止してISO 23592の発行を待ちました.その後,2021年にフランスからドイツにコンビナーシップを,そしてWG3からWG1に担当WGを移管し,開発が再開されました.
規格の構成と特徴
本規格は,サービスエクセレンスのパフォーマンスを測定するための指標及び方法を規定するものです.特に,顧客体験の向上とカスタマーデライトを高めることに影響を与える,サービスエクセレンスモデルの重要な要素を測定するために使用できる一連のアプローチを提供しています.
箇条3「用語及び定義」では,「パフォーマンスの測定システム」を「事業が戦略的目標を達成するように促す,合意された指標を用いて,活動/企業のパフォーマンスを設計,監視,管理するプロセス」と定義しています.その上で「サービスエクセレンスの測定システム」を「サービスエクセレンスのためのパフォーマンスの測定システム」と定義しており,省略形として位置づけています.
箇条4「指針の原則」では,サービスエクセレンスの測定に関する倫理的,法的,道徳的義務を示すものとして,「組織のコミットメント」,「調査及び組織の倫理」,「データマネジメント及び分析の整合性」,「透明性」,「整合性」,「自己組織化チーム」,「継続的な反省,評価及び改善」が挙げられています.
箇条5では測定システムの全体のフレームワークが示されています.本規格の特徴のひとつは,もちろんサービスエクセレンスの観点で整理されているということです.ISO 23592 (JIS Y 23592)の7.4.2では「サービスエクセレンスの活動及び結果の監視」では,「サービスエクセレンスモデルの全ての要素に焦点を当てた一連の内部及び外部の測定基準の開発と体系的な使用」が求められていました.本規格でも「サービスエクセレンスが効果的であると判断するためには,パフォーマンスの測定システムが組織のサービスエクセレンスモデルと整合していることが不可欠」と述べられています。そして,箇条6から9では,サービスエクセレンスモデルの4つの側面と9つの要素に沿って,測定基準・指標が詳述されています.サービスエクセレンスピラミッドの観点で捉えれば,顧客満足に対応するレベル1・レベル2と,カスタマーデライトに対応するレベル3・レベル4それぞれに必要な測定方法の違いを理解した上で,レベル3・レベル4の成功達成度を測定していくためのガイドといえます.
二つ目の特徴は,目標に対する進捗を定期的にモニタリングするために,目標管理のフレームワークとして知られるOKRが採用されている点です.ただし,本規格の文書内ではOKRについての詳細な説明は提供されていませんので,本稿で紹介しておきます.より深く理解するには,本稿でも参照した書籍[ii]や他の資料を参考にすると良いでしょう.
目標管理手法 OKR
OKR(Objectives and Key Results)とは,組織,チーム,個人の目標を設定し,その達成を目指すフレームワークです.1970年代にIntelで開発され,その後Googleをはじめとする多くのテクノロジー企業で採用され,広く普及しました.日本では,株式会社メルカリが採用していることなどが知られています.
OKRは,達成したい野心的な目標(Objective: O)とその達成度を測るための主要な結果(Key Results: KR)の指標から構成されます.目標は,人々の行動を促し,鼓舞し,モチベーションを高めるような言葉で表現されます.一方,主要な結果は,具体的な数値指標により,目標達成度を明確に測定します.
OKRの目的は,組織内で最も重要な目標を明確にし,全員の努力を同じ方向に向け,協力を促進することにあります.これにより,組織全体に目的意識と連帯感が生まれ,さまざまな活動が一つの方向に統合されます.OKRの導入は,組織内のコミュニケーションを強化し,共通の目標に向かった効果的な行動を促進することを目指します.OKRを活用することで,組織やチーム,個人のパフォーマンスの透明性が高まり,目標達成に対するコミットメントが深まるとされています.OKRを組織の中で機能させ,その効果を最大限発揮させるためには,フォーカス(目標の重点指向),アライメント(トップから現場,他部門間,トップダウン・ボトムアップの連携),トラッキング(≒PDCA),及びストレッチ(限界への挑戦),の4つの原則に注意して運用するべきだといわれています.
以下は,2015年に創業し,オーブンを搭載したトラック内でロボットがピザを作り熱々のピザを顧客へ届けるというコンセプトで当時話題となった,Zume PizzaでのOKRの例です.
目標
お客様に喜びをお届けする.お客様にもっと多くのピザを注文していただき,友人に絶賛していただけるほど満足いただけるようなサービスと製品を提供する.
主要な結果
- ネット・プロモータ・スコア(NPSⓇ) 42以上を獲得
- 注文の評価で,5段階中4.6以上を獲得
- 目隠し味覚テストで,お客様の75%以上が,Zumeの方が競合他社のピザよりも美味しいという回答を得る,など
また,OKRはしばしばツリー状の階層構造で表されます.この構造は,組織の最上位の目標から始まり,部門,チーム,そして個人のレベルへと展開されます.この方法により,組織全体で目標の一貫性と透明性が保たれ,各レベルでの活動が全体の目標達成に貢献するかが明確になります.例えば,アメリカンフットボールでのヘッドコーチとオフェンスコーチのOKRをみてみましょう(一部省略).
ヘッドコーチのOKR
- 目標:スーパーボールで優勝する
- 主要な結果:1試合あたりのパス攻撃の合計が300ヤード以上,など
オフェンスコーチのOKR
- 目標:1試合あたりのパス攻撃の合計が300ヤード以上
- 主要な結果:パス成功率65%,など
サービスエクセレンスのパフォーマンスの測定システム
箇条5「サービスエクセレンスのパフォーマンスの測定システム」は,本規格の中核であり,サービスエクセレンスの目標に対するパフォーマンスの定期的な測定の重要性が指摘されています.近年では,目標と結果を設定・追跡する方法として,先述のOKRを採用する組織が増加しており,このOKRのアプローチは,サービスエクセレンスのパフォーマンスを測定し,必要な文書化とモデルの実装を保証する柔軟な方法を提供すると述べられています.
細分箇条5.2「サービスエクセレンスのパフォーマンスを測定するための枠組み」では,その測定システムに含むことが望ましいものとして,サービスエクセレンスのミッションステートメント,パフォーマンス測定指標,データ収集システム,そして改善のための介入プロセスが挙げられています.その上で,これらのミッションステートメント,目的,目標及び期待される主要な結果をどのように定義するかについて説明されています.また,本規格では,プロセスの観点からみたサービスエクセレンスの測定の枠組みも図示されており,図1はその一部にあたります.この図は,従来の目標管理手法に比べて短い,OKRを用いた目標達成サイクルを表しています.通常,3ヶ月〜4ヶ月ごと,またはより頻度に行われる企業では毎月,振り返りとフィードバックが実施されます.この目標達成サイクル,中期目標への取り組み(1年から3年の期間),およびサービスエクセレンスのビジョン,ミッション,及び戦略への取り組み(3年から10年の期間)を統合・整合させることで,サービスエクセレンスのパフォーマンス測定の全体像が形成されます.
細分箇条5.3「サービスエクセレンスのパフォーマンスを測定するための便益及び測定基準の範囲」ではまず,ISO 23592に記載されているサービスエクセレンスを実装する便益が再度紹介されています.これらの便益に対応するサービスエクセレンスの目標が,どの程度達成されたかを追跡するために,測定基準の活用が推奨されています.測定基準(metrics)とは,様々な活動を定量化し,その定量化したデータを分かりやすく加工した指標のことを指します.ただし,時には「測定方法」という意味でも使用されるため,この点に注意が必要です.測定基準に関連して先に触れておくと,以降の箇条6から9では,サービスエクセレンスモデルの4側面に沿って,「サービスエクセレンスのリーダーシップと戦略の測定」,「サービスエクセレンス文化と従業員エンゲージメントの測定」,「卓越した顧客体験の測定」,および「運用面でのサービスエクセレンスのパフォーマンスの測定」に関する具体的な測定基準が挙げられています.
細分箇条5.4「適切な測定方法及び手法」では,4側面の測定(箇条6から9)に共通する事項として,継続的かつ客観的な測定手法の活用が推奨されています.これには,ベンチマーキング,定性的・定量的調査,ミステリーショッピング,CRMデータベースの活用などが含まれます.これらの手法は,サービスエクセレンスに関連する成果から学び,改善策を特定するのに役立ちます.
細分箇条5.5「サービスエクセレンスのパフォーマンスを測定するための分析」では,サービスエクセレンスの効果の連鎖を理解し,重要な決定要因や測定基準を識別することが改めて推奨されています.因果関係の例として,従業員エンゲージメントとカスタマーデライトの関係が挙げられています.
細分箇条5.6「測定結果の活用」では,組織全体で監視,改善,イノベーションのために測定基準を活用されることが推奨されています.これには,ダッシュボードやパフォーマンスウォールを通じた結果の視覚化,フィードバックの使用,賞賛の掲示板の開発などが含まれます.組織は,透明性を持って全てのステークホルダーと結果を共有するとともに,定量的なデータだけでなく,顧客及び従業員の体験やストーリーを取得することが望ましいとされます.
測定基準の例
これまでに述べたように,以降の箇条6から9ではサービスエクセレンスモデルの各側面を対象に,測定の枠組み,適用可能な測定基準,適切な測定方法と手法の選択,分析方法,そして測定結果の活用のガイダンスが提供されています.本稿の最後に,測定基準の例をいくつかみてみましょう.
「サービスエクセレンスのリーダーシップ及び戦略の測定基準」では,バランススコアカード,リーダーシップ・エクセレンス・インデックス(LEI)などが挙げられています.LEIは,価値観の共有,ビジョンの策定と伝達,組織のミッションの定義,戦略の選択と実行におけるリーダーシップのパフォーマンス(の影響)を検証する定量的調査方法です.
「サービスエクセレンス文化及び従業員エンゲージメントの測定基準」では,離職率,ユトレヒトワークエンゲージメント尺度(UWES)などが挙げられています.UWESは,オランダ・ユトレヒト大学のSchaufeli 教授らが提唱したワークエンゲージメント(仕事に対するポジティブで充実した心理状態)の調査方法で,活力,熱意,没頭に関する質問項目が定められています.
「卓越した顧客体験の測定基準」では,ネット・プロモータ・スコア(NPSⓇ),カスタマーデライト,顧客満足度指数(customer satisfaction index),顧客努力指標(customer effort score)などが挙げられています.また,本稿では割愛しますが,卓越した顧客体験を測定する際の基本的な問いとそれらへの回答(なぜこれを測定したいのか,どのような方法を用いるべきか,など),および測定対象(カスタマージャーニーやタッチポイントなど)も表形式でまとめられています.
「運用面でのサービスエクセレンスのパフォーマンスの測定基準」については,組織固有の要件に合わせた調整が必要であることもあり,具体的な指標は直接挙げられていません.測定基準を選択・決定する際には,人的及び財政的資源のマネジメント,戦略,外部ベンチマークなどの測定と利用に関する一般的なガイドラインを考慮することが望ましく,また定めた測定基準に関する十分な文書化,透明性の確保,及び利害関係者による容易な理解が不可欠であることなどが述べられています.
*謝辞:本稿の作成にあたり、東京理科大学/東京大学の安井清一先生にご協力を賜りました。心より感謝申し上げます。
[i] https://www.jsa.or.jp/isotc312sp/isotc312_column_interview_ISOTS23686_jp/
[ii] ジョン・ドーア (著), ラリー・ペイジ (著), 土方奈美 (訳). Measure What Matters: 伝説のベンチャー投資家がGoogleに教えた成功手法OKR. 日本経済新聞出版社, 2018.