転載許諾を得た記事)原辰徳 (2023). 連載 サービスエクセレンス規格で目指す組織のレベルアップと事業革新 第5回 ISO/TS 24082(設計規格)の勘所. J-Club NEWS, Vol.30, No.2, pp.9-14.

今回はISO/TS 24082(JIS Y 24082)「サービスエクセレンス―卓越した顧客体験を実現するためのエクセレントサービスの設計」を概説します.一部抜粋・要約しているため,規定事項の正確な表現や適切な取り組みの詳細は,規格文書や逐条解説書籍をご参照ください.

JIS Y 24082(以下,本設計規格)は,サービスエクセレンスモデルにある“卓越した顧客体験の創出”に関わる設計活動を中心に構成したもので,日本がコンビーナ(主査),筆者がプロジェクトリーダを務めるWG2で策定しました.図1は,サービスエクセレンスピラミッドの構造に沿ってエクセレントサービス(≒優れたサービス)とその設計の位置づけを示したものです.これにしたがえば,本設計規格の対象は,レベル3とレベル4という,カスタマーデライトにつながる上部分を実現するための設計活動であり,これを“エクセレントサービスのための設計”(Design for Excellent Service: DfES)と呼んでいます.一般的なサービスデザインとは区別される特化した方法論で,ポジティブな感情に焦点をあてた顧客体験の理解や個別化に関わるデータ取得の計画づくり,及び顧客との共創を促進する環境(共創環境)づくりなどが特徴です.

ISO/TS 24082(JIS Y 24082)の概要

一般的なサービスデザインの原則として,サービスデザイン思考の6原則“人間中心”,“共働”,“反復”,“連続性”,“リアル”,“全体的な視点”が知られています.本設計規格では,これらの存在を念頭に,新たな原則として“感情面”,“適応的”,“顧客との共創性”,“組織と顧客の視点との整合性”の4つを追加しています.最後の原則は,図1をみながら理解するのが良く,組織能力が伴わない状況でエクセレントサービスだけを描くことは避けるべき,また顧客視点が不在のエクセレントサービスは成り立たない,とのメッセージが込められています.

図1 エクセレントサービスと設計の位置づけ(JIS Y 24082を基に作成)

本設計規格では,図2に示すように,設計プロジェクトの計画を行った上で,図1上半分や追加原則に注目した5つの設計活動(DfES活動, A-E)の実施を推奨しています.

大枠となるエクセレントサービスの設計プロジェクトの計画では,DfES活動を行う上での制約や条件となる事項を含めることが推奨されています.といっても,対象顧客,関連する利害関係者,対象範囲,時間,資源,責任など,プロジェクトの計画において一般に求められるものが記載されており,特別な内容ではありません.

A(“顧客に対する理解及び共感”)とB(“設計課題及び独自の価値提案の明確化”)では,従来のサービスデザイン以上に,顧客のポジティブな感情に焦点をあてた顧客体験の理解と問題設定が重要になります.

C(“顧客接点及びデータポイントによる卓越した顧客体験の設計”)は,いわゆるカスタマージャーニーやサービス提供プロセスを描く活動ですが,顧客接点(タッチポイント)に並ぶものとして,データポイントを設計対象として明示しています.これからの優れたサービス設計において,サービスの個別化や改善につながるデータの収集・蓄積・利活用を予め考えておくことは必須事項です.

D(“共創環境の設計”)では,価値共創を偶然に頼るのではなく,サービス提供者と顧客との共創を促進する環境を準備し,可能性を高めていくことを述べています.サービスによって生み出される価値は,顧客が協力・参加して提供者とともに創り出していく(共創する)ものです.この共創環境の構築は,ISO/TS 24082の開発を主導した日本提案のハイライトでもあります.

図 2 エクセレントサービスのための設計活動(JIS Y 24082を基に作成)

図 2 エクセレントサービスのための設計活動(JIS Y 24082を基に作成)

なお,これらのDfES設計活動(A-E)は,一般的なサービスデザインの内容を1から10まで網羅するものではないため,各組織(企業)内で採用しているデザインの手順や標準に組み込んで活用してもらうことを想定しています.こうした補完によって,「土台となる基本的サービスを確保したエクセレントサービス」(図1)を目指します.本設計規格の開発を進める上で参考にした人間中心設計の規格(JIS Z 8530及びISO 9241-220)のアプローチでも,主要活動である“利用状況の把握と明示”,“ユーザと組織の要求事項の明示”,“設計による解決策の作成”,“要求事項に対する設計の評価”の4つに特化しており,DfESが目指すところと共通します.

図2に戻ると,DfES活動間には実線矢印があり設計サイクルが図示されています.この実線矢印は実施の順番(ステップ)を表したものではなく,あくまでも矢印脇に書かれた入出力物の観点で相互依存関係を示しています.例えば,Aで得られる顧客分析の結果を参照しながら,Bにより価値提案を明確化します.また,設計し終えたエクセレントサービスが実際に提供・使用されれば,新しい評価活動のきっかけとなるフィールドデータが生み出されます.これらのフィールドデータには,サービスの運用や顧客体験に関するデータが含まれています.図2では新規の設計を念頭に,計画後にAからEまでを一通り行う流れを想起させる配置になっていますが,実際にはどこから始めることも可能です.例えば,得られたフィールドデータを基にカスタマージャーニーを再検討するのであれば,既存サービスから引き継いだ情報を基に,点線矢印を辿りCに取り組むことができるでしょう.

以降は,それぞれのDfES活動について何が書かれているか,もう少し詳しくみていきます.図2の各吹き出しにある(i)(ii)なども参照します.

A)顧客に対する理解及び共感

顧客中心の視点を構築するために,(i)顧客のニーズ,期待及び要望を理解し,(ii)顧客への深い共感を構築することを推奨し,それを実現する方法や具体的な手法について規定しています.(i)の“顧客のニーズ,期待及び要望の理解”の部分については,サービスエクセレンスモデルの側面“卓越した顧客体験の創出”にある一要素と同等であることから,JIS Y 23592の内容に準じて構成されています.差分として,本設計規格では,共創ワークショップ,フィールド調査手法,VoCの要求情報への変換,狩野モデルの活用などを適切な取り組みに付け加えています.

一方,(ii)の“顧客への深い共感の構築”は,本設計規格で付け加えたものです.共感(empathy)への注目は様々な設計アプローチで近年みられますが,エクセレントサービスにおいても重要です.適切な取り組みとして,“顧客の感情的側面と個々の状況をより理解するためのエスノグラフィックな調査”,“ペルソナや共感マップなどを用いた設計チーム内での顧客像の共有”,および“クリティカル・インシデント法などを用いた顧客体験に関する豊富で定性的な情報の顧客本人からの獲得”などを挙げています.

B)設計課題及び独自の価値提案の明確化

卓越した顧客体験に向けて,設計課題と独自の価値提案を明確化することを推奨し,それを実現する方法や具体的な手法について規定しています.サービスエクセレンスモデルの側面“卓越した顧客体験の創出”では,顧客理解の次に“卓越した顧客体験の設計及び改良”の要素が来ますが,本設計規格では,その前にこの問題設定の活動を追加しています.

(i)の“設計課題の明確化”について,設計課題の原文はdesign challengeであることから,これは,こなすべきタスクの明確化というより,問題設定や問いを立てるという意味に近いものです.実務的によく用いられる方法は,「〇〇してはどうか?」「〇〇するにはどうすればよいか?」(How might we ~)というHMWステートメントを用いた問いの設定でしょうか.HMWステートメントの手法では,特定の課題に対して,これらの質問形式(構文)を通じてブレインストーミングを行います.アイデア創出だけでなく,そのための課題及び着眼点の明確化,並びに参加者間の共通意識化にも役立ちます.良い問いをたてることがデザインの役割,と喝破する人もいます.問いを設定することで,Aで得られた顧客体験に関する洞察(顧客インサイト)を基にした解決や協働の方向性と範囲が形づけられます.

HMWステートメントによる問題設定では,適切な範囲設定が重要です.例で時々挙げられるアイスクリーム体験の問題設定でいえば,「ポタポタとしずくを垂らさずに食べられるアイスクリームのコーンを開発してはどうか?」(狭すぎる)や「外で楽しめるデザートをリ・デザインしてはどうか?」(広すぎる)などではなく,「アイスクリームをより快適に持ち運んで楽しんでもらうにはどうすればよいか?」などが好ましいとされます.

(ii)にある“独自の価値提案”とは「そのサービスを通じてどのような利益をもたらし,どのように顧客の問題を解決し,どのようにしてよりよい感情的な体験(emotional experience)を引き出し,また競合とどう違うのかを端的に表したもの(ステートメント)」です.価値提案は,ビジネスモデルキャンバスの一要素としても使われており,それと同様と考えてもらってよいですが,ポジティブな感情をより理解しながら構築することが求められます.身近なところでいえば,設計段階というより最終的に顧客に提示されるものになりますが,製品やサービスのWebサイトのトップ画面に現れるヘッダ画像や写真に添えられたキャッチフレーズとサブテキストなどは価値提案だといえます.例えば,配車サービスUberのトップ画面には「いつでもお望みの乗車サービスを〜配車を依頼して車に乗り込んだら,後はゆったりとおくつろぎください〜」とあります.この記述の前半は手配の容易さを,後半は行き先や料金が予め伝わっていることによる乗車後の顧客体験を訴求しています.

C)顧客接点及びデータポイントによる卓越した顧客体験の設計

サービスエクセレンスモデルの要素“卓越した顧客体験の設計及び改良”に相当し,それを顧客接点とデータポイントの二つを用いて行っていくことが推奨されています.

(i)では,“提供する卓越した顧客体験の文書化”のための推奨事項を規定しています.ここでの文書化には,図作成などの記述全般を含まれます.適切な取組みとして“カスタマージャーニーの開発ワークショップへの顧客参加の促進”,“感情面を詳しく検討したカスタマージャーニーマップの作成”,“ブランド価値に沿ったサービス姿勢の定義とその取り込み”,および“サービスブループリントの作成”などを挙げています.

カスタマージャーニーマップとサービスブループリントはともに,顧客体験とそれに関わるサービス要素をフローチャート形式で記述する手法として挙げられますが,混同が時々みられます.設計の観点から両者の違いを簡単に説明しておきますと,カスタマージャーニーマップでは顧客がとる一連の行動や思考,味わう感情などを明示化し,“顧客がどのようにサービスを体験するか”の理解とデザインに重きをおいています.一方,サービスブループリントでは,顧客とサービスとの接点(顧客接点)に限らず,裏方も含めたサービス提供の仕組み(ビジネスロジック)と全体の流れを重視します.そのため,大ざっぱにいえば,サービスブループリントはインサイド・アウト(提供側の視点:サービスを顧客に届ける),カスタマージャーニーマップはアウトサイド・イン(顧客側の視点:顧客体験からサービスを眺める)の思考と捉えるのが良いでしょう.

(ii)では,“効果的かつ感情的に働きかける顧客接点の配置”のための推奨事項について規定しています.冒頭で述べた追加原則にしたがうと,“感情的”よりも“感情面に働きかける”という表現の方が誤解がないかもしれません.顧客接点の重要性は一般的なサービスデザインと同様ですが,感情面を強調した書きぶりになっています.目指すべき顧客接点は,サービスマーケティングでよくいわれる真実の瞬間(the moment of truth),すなわち顧客の心に残るような印象を与える機会です.また,顧客接点を持つ機会を増やし最大限活用することがひとつの方法ですが,多ければ多いほど良いという訳ではなく,それらがブランドや価値提案の内容と整合し,一貫していること(consistent)の方がより重要とされます.

こうした意図もあり,顧客接点に対する具体的なアプローチとして,既存の顧客接点の最適化,新たな顧客接点の構築,顧客接点間のフローの最適化,および不要な顧客接点の削除の4つを紹介しています.また,より具体的な取り組みとして,“カスタマージャーニー内の顧客接点間の感情面に沿った分析”,“技術を用いた顧客接点の選択肢の検討”,“顧客接点に関する分類の理解”などを挙げています.

データの重要性はいうまでもなく,DfESにおいてもサービスの即時カスタマイズ,フィードバックの利用,改善や学習の実現などのために活用されます.(iii)では,これらを可能にするデータポイントの特定が要求されています.顧客接点とデータポイントは異なる概念であるため,両者は区別しながら扱っていく必要があります.ただし,両者は重なることもあるし,顧客接点が感情的な体験を補足するために重要な情報の発生を含み得る(つまり,データポイントを含み得る)という点に注意してください.

効果的なデータポイントの構築の取り組みとして,“カスタマージャーニーマップやサービスブループリントの利用”,“顧客接点における顧客体験の低下の防止”,“サービス提供者の観察箇所や顧客の反応箇所への注目”,“デジタルデータとしての収集”,“顧客とサービス提供それぞれのニーズに対する自動収集データの活用”,”プライバシーバイデザインのアプローチの採用”などを挙げています.近年,様々な技術やデバイスを活用することで,顧客の行動データや機器データなどを収集しやすくなりました.それでも,より顧客の評価に近い効果的なデータを取得しようとすると,顧客体験を損なわない収集の仕組みが重要です.

D)共創環境の設計

まず,(i)の顧客中心性とは,「価値創造と価値獲得に重点を置いた顧客志向」を指します.顧客中心性が高いサービス提供者は,顧客のために期待される以上のことをしようと努力することで,エクセレントサービスの実現に寄与します.意欲向上のためには従業員への権限委譲とエンゲージメントの促進が必要であることから,JIS Y 23592で紹介した従業員エンゲージメントとも強く関係します.本設計規格の附属書には,この顧客中心性の段階として,より能動的な姿勢の他,他者に対する貢献の姿勢(顧客をパートナーと思い,顧客との関わりの中に居場所があると思う感覚につながる)などを紹介しています.

この設計活動では,(i)サービス提供者の顧客中心性の推進,(ii)顧客の積極的な参加の推進,および(iii)顧客接点における緊密な協力の構築,の3つが規定されています.これらはISO/TS 24082からJIS策定にあたり,推奨事項から要求事項に変更されています.

(ii)の顧客の積極的な参加は,カスタマージャーニーの中でみられる組織やサービスに向けられた行動や関与全般が対象です.適切な取り組みとして,“サービスの利用中に顧客に対して適度な選択肢と行動を与える”などが挙げられます.また,同附属書では,ニーズを明確に示してくれる,積極的にフィードバックしてくれる,他者に推奨してくれるなどの段階の他,心理的なつながりが高い状態(そのサービスの評判が良いと自分まで気分がいい,と顧客が感じるような熱烈なファンになっている状態)を紹介しています.

そして(iii)は,(i)と(ii)の二つが作用する顧客接点における緊密な協力のことです.以上を基に,共創環境をみてみましょう.設計に限らず,サービスの利用全般にわたる顧客との共創(co-creation)によって価値を高めていく方向性は,近年では一般的になりつつあります.重要なことは,そうした価値共創を偶然のみに頼るのではなく,“共創が促進される環境”を準備し,その可能性を高めていくという点でした.カスタマージャーニー,サービスの提供プロセス,はたまた提供される価値の全てが細部にわたって事前規定されている訳ではなく,熱意のある顧客とサービス提供者が一定の自由度を持って補完と発展をさせていきます.

図3は,(i)-(iii)の関係を価値創出の領域図と呼ばれるものに沿って整理したものです.図4のフィットネスクラブでの例と一緒にみてください.まず,図左に示す様にサービス提供者の領域にはサービスの生産過程があり,ここで価値のつくりこみや準備が行われます(例:図4(a)).(i)のサービス提供者の顧客中心性の度合いは,この価値のつくりこみや伝達の良し悪しを左右するだけでなく,顧客と接触する領域でのパフォーマンスにも関わってきます.それが図中央であり,サービス提供者と顧客間の相互作用(例:図4(b))を通じて,より良い成果が得られたり,未想定の発見があったりなどして価値が共創され得ます.(ii)の顧客の積極的な参加(例:図4(c))が,この相互作用と価値の共創に強く関わってくることは想像しやすいところです.本設計規格でいうところの共創は,直接的には,この図中央の部分を表しています.また,図右の領域は,生活の中で工夫したり他のサービスと組み合わせたりする顧客主体の使用過程(例:図4(d))であり,ここでも新たな価値が生まれる可能性があります.そして,共創環境とは,特に顧客接点での緊密な協力関係を支援することで,共創の可能性および共創する価値を高めようとするものといえます.適切な取り組みとして,“顧客接点を中心に、サービス提供者と顧客が互いの情報を迅速に共有可能な共創環境を構築する”ことが挙げられており,図4(e)はこれに該当するでしょう.

共創環境の設計は日本提案の重要な部分であることもあり,本設計規格(JIS Y 24082)では,顧客とサービス提供者の協働に基づいた共創環境の設計とマネジメントを要求しています.「より良い持続的なカスタマーデライトの提供を強化するための増幅の仕組みとして,共創環境を設計しなければならない」という趣旨の記述です.その他,共創環境の設計に関する適切な取り組みとして,“共創者としての顧客の行動や意識に関する、顧客に対するコミュニケーションや手引きの整備”、および“共創タスクの達成を助けるツールを備えた共創環境の構築”を挙げています.

図3 価値創成の領域図と共創環境の対象
図4 フィットネスクラブでの例

E)エクセレントサービスのための設計を評価する

これは,エクセレントサービスの評価そのものではなく,これまで行ってきたエクセレントサービスのための設計(DfES)を評価する活動です.(i)顧客の視点に基づいた観点,(ii)設計したシステムの実現能力の観点,および(iii)持続可能性の観点から構成されます.

このうち,(i)による評価の適切な取り組みとして,“ストーリーボード,デスクトップ・ウォークスルーなどのプロトタイピング手法によるサービスの体感プロセスの具現化”,“ABテストなど,設計がどのように顧客の感情を引き出すかを探るための顧客体験テストの実施”、および“エスノグラフィック調査や回顧的インタビューの実施”などを挙げています.また,リリース後のサービスの使用状況のモニタリングを通じた設計評価に関する推奨事項もあり,(NPSなどの)“デライト指標としてのアドボカシースコアを含むフォローアップアンケート結果の分析”などを挙げています.

(ii)では,本設計規格で特に取りあげた顧客接点,データポイント,および共創環境の設計を点検するためのチェックリストを挙げています.例えば,顧客接点に関していえば「重要な顧客接点を実現するために十分な資源が割り当てられ,使用されているかどうか」,データポイントでいえば「設計したサービスが,卓越した顧客体験とカスタマーデライトにどのように影響するかを評価するためのデータが取得されているかどうか」などです.