転載許諾を得た記事)原辰徳 (2022). 連載 サービスエクセレンス規格で目指す組織のレベルアップと事業革新 第3回 サービスエクセレンス規格のメッセージ. J-Club NEWS, Vol.29, No.3, pp.11-14.
今回は,規格詳細に入る前に,規格本文からだけではわかりづらい勘所(ポイント)について,サービスエクセレンスに該当すること/しないこと(do’s and don’ts)という形でお伝えしたいと思います。
特定の意味を持つ国際規格であり,組織能力であり,標語でもある
一般に,XXXXエクセレンスとは,「(競争優位性があるほどに)XXXXが優れているさまや卓越性」を示す用語です。オーチス・エレベータ・カンパニーが2004年に発信したビジョンにあった「サービスエクセレンスを目指す」という表現や,サービスエクセレンスと冠した世の中の企業活動,組織名,書籍の多くも,このような一般的な意味の延長にあるといえるでしょう。これらも顧客志向を基本とする点では変わりありませんが,第1回でお伝えしたような組織能力としての捉え方,カスタマーデライトの目標,およびサービスエクセレンスピラミッドの構造などの特定の意味を含むとは限りません。5年後10年後には「サービスエクセレンスといえば,この国際規格の内容!」と浸透していることを期待している訳ですが,規格発行後間もない今日では,本連載のサービスエクセレンスを“the service excellence”という一種の固有名詞として理解をするのが良いでしょう。
また,サービスエクセレンスの用法が組織能力だけで一貫していれば話しは単純なのですが,実際に読み解いていく上では,“全社方針や標語”としての用法を理解しておくことが必要になります。つまり,サービスエクセレンス自体が,カスタマーデライトの達成という経営方針を示すとともに,それに向けた組織的な取り組みを一段引き上げていくためのスローガンとして使われ得るということです。組織能力としての使い方と表裏一体といえるかもしれません。
本連載で“サービスエクセレンス”と表記する時には組織能力あるいは標語を意味し,規定の内容を指したい時には“サービスエクセレンス規格”と表記することとします。
顧客価値創造と品質経営の新たな形を示唆するものである
サービスエクセレンスが目指すカスタマーデライトでは,皆様も良くご存じの狩野モデルの魅力的品質がよく引き合いに出されます。顧客満足とカスタマーデライトの区別に対応するかのように,一元的品質をSatisfier,魅力的品質をDelighterと表記することもあります。また,2022年3月に行われた日本科学技術連盟創立75周年記念講演会での狩野紀昭先生(東京理科大学名誉教授)の基調講演では,競争優位としての品質の歴史的変化として,以下の3レベルが示されました[1]。
- 品質統制:CCR(顧客苦情解消)
製品の基本的要件への適合 - 品質管理:CS(顧客満足)
顧客の明示要求の実現 - 魅力品質創造:CD(カスタマーデライト)
顧客の潜在要求の実現
このように,カスタマーデライトは魅力品質創造を考える上でのポイントであり,新たな顧客価値創造と密接に関わるものといえます。この時,潜在要求とは一般に,見えていない要求,語られていない要求,諦めた要求などを意味しますので,潜在要求の実現=新機能の実現というイメージをされる方が多いのではと思います。新機能の実現や革新の重要性に異論はありませんが,サービスとして捉える上では,もう少し属人的な,顧客への感情的な訴求と寄り添いを通じた差別化も理解しておくことが大切だと考えています。このことは,第1回でお伝えしたデライトの定義にある「とても大切にされている」という感覚や,サービスエクセレンスピラミッドのレベル3に含まれる「一人一人に適した」「人間的な温かみのある」に象徴されます。最終的にこれらの差別化が何らかの製品やソフトウェア(最近では特にAI)で実現されるにせよ,そこに至るまでのサービス提供側・開発側の深い思慮や日々の意識と行動の積み重ねを大切にしているといえます。
先ほど顧客価値創造といいましたが,関連して,第109回品質管理シンポジウムを通じて発表された令和大磯宣言をみてみましょう。本宣言では,図1に示す様に,品質経営の二大要素として顧客価値創造と組織能力獲得・向上の二つを位置づけています。また,この宣言の前文には,以下の説明があります。
“企業存在価値の最大化の方策として,変化をしている社会やお客様ニーズから導き出される企業が創出すべき顧客価値を定め,その実現に必要な組織能力の獲得も含め,トップのリーダーシップの基で社員全員が力を合わせ行われる企業経営を理想とし,それを品質経営と再定義した。”
サービスエクセレンスの基本規格であるISO 23592は,まさにこの“組織能力の獲得・向上”という課題に真正面から立ち向かうものです。トップのリーダーシップを重視するという点も合致します。目指すべき“顧客価値創造”は,先ほど述べた通り,従来の品質統制や品質管理を包含した魅力品質創造となる訳ですが,ISO 23592では両者の関係を明示する程度に留めています。むしろ,ISO 23592という基本規格の傘の下で,顧客価値創造をより直接扱おうとしているのが,日本提案を元に策定されたISO/TS 24082(エクセレントサービスの設計)の設計規格です。やや予定調和的ではありますが,このような構造になっていますので,今後の品質経営を考えていく上で,サービスエクセレンス規格は大いに参考にしていただけるものと考えております。
顧客志向を全方位にカバーし,トップダウンで取り組むべきものである
顧客体験や顧客ロイヤルティという用語に注目してみると,サービスエクセレンス規格と同じ様なことを謳っているキーワードや業界トレンドは他にも存在します。サービスエクセレンスはそれらの考え方と重複するところが確かにありますし,それらを否定するものでもありません。では,何がサービスエクセレンス規格の特徴かと聞かれれば,組織として底力を上げ,持続させるために,(a)リーダーシップと戦略,(b)組織文化と人的資源,(c)顧客体験と設計,(d)運用力,と多方面に亘ってまとめあげていることになるでしょうか。このことが,最初に説明した全社的な方針と標語という点につながります。
例えば近年では,サブスクリプションやリカーリングなどの継続的なビジネスモデルを背景に,カスタマーサクセス(Customer success)の考え方が広まっています。これは従来型の受け身のカスタマーサポートとは異なり,顧客への能動的な働きかけや伴走を通じて顧客の成功(事業成功)を目指すものです。上記(c)(d)の観点でサービスエクセレンスと共通点がみられます。本来,カスタマーサクセスは経営理念や全社戦略になり得るものですが,専門部署の設置やボトムアップでの改善に留まってしまうことがしばしば見受けられます。そのため,既にカスタマーサクセスに取り組んでいる企業にとっては,サービスエクセレンス規格に注目することで,既存の(c)(d)の強化とともに,(a)(b)に注目したトップダウンでの展開,人材に関わる制度改革,および組織文化としての定着などを取り入れることができます。最終的にどちらの標語を優先するのか,あるいはどのような共存を行うかは個社の事情によって異なると思われますが,違いを活かしたこうした使い方も可能でしょう。
サービスエクセレンスは,一部の人や部署だけに関わるものではありません。顧客と直接関わりのある提供者(社員/従業員)だけでなく,それを支える組織内の部署,管理者,経営陣の活動にまで注目します。さらには,目指している顧客中心の姿勢をパートナー企業と共有する時などにも有効でしょう。
単にサービスメニューを充実させることではない
サービスエクセレンスと聞くと,「アフターサービスの充実か?」などと思われる方もいらっしゃるでしょう。確かにサービスとついていますが,無形製品としてのサービスというよりも,その背後にある顧客志向がポイントであるといえるでしょう。少し前の理論になりますが,マーケットリーダー(業界No.1)の企業は,次の価値規範(あるいは経営理念)のいずれかで突き抜けており,それが社員全員で明示的に共有されるとともに,他の2つについても一定の水準が維持されているといわれています[2]。
- Product leadership(提供物の革新性)
常に製品革新を行い,業界を主導する。「性能をとことん追求し,最良の製品を提供します」 - Customer intimacy(顧客との親密性)
市場の求めるものではなく,特定の顧客が求めるものを提供する。「我々だけがお客様に最良の解決策を用意しています」 - Operational excellence(運用の卓越性)
事業の革新ではなく,経営・業務の効率化に専念する。「平均的な製品を最良の価格で,面倒が少なく提供します」
この観点でいえば,サービスエクセレンスに込められた価値規範は,(b)の徹底です。顧客に寄り添い,ニーズにきめ細やかに対応し,期待を超えていくことで,業界トップクラスの卓越した顧客体験の創出を目指します。その上で,その卓越した顧客体験を支える提供物(ものづくりとサービスの両方を含む)のつくりこみにも取り組み,(a)においても競争力を確保しようとします。一方,どんなに優れたサービスであっても,コスト度外視の高価格では台無しになってしまいかねませんので,受容される水準を見極め,(c)にも取り組み,弱みとならないようにします。言い換えれば,サービスエクセレンスは“プロダクト”,“ものづくり”,“コスト”を除外するものではありませんが,(b)>(a)>(c)という優先順位で取り組み,競争優位を獲得しようとします。
求める要求水準は高いが,現場を疲弊させようとするものではない
サービスエクセレンス規格は,卓越した顧客体験によってファンを増やすことができるよう,従来よりもハイレベルな取り組みを推奨し,時に要求します。すると,現場を疲弊させるものではないか,と身構えてしまうかもしれません。ですが,第1回でも述べたように,「カスタマーデライトを達成できた」と提供者(社員/従業員)が認識できた時,提供者自身も喜びとやりがいを感じ,顧客志向の企業活動と高いサービス品質の好循環につながることがいわれています。例えば,図2は,建物・施設のファシリティサービスに関するドイツのリーディング企業であるWISAG社が用いているデライトの成功連鎖と呼ばれるものです。WISAG社はビジョンとして「強力なブランドとして,顧客と従業員を喜ばせ,心をつかむ(win hearts)」を掲げ,デライトの成功連鎖を用いた内部・外部評価を毎年行っています。また,社内でのカスタマーデライトの普及促進のために,Idea Poolと呼ばれるハンドブックを作成・活用し,模範とするカスタマーデライトのアイデアを社内で共有したりしています。こうした取り組みによって,過去10年近くにわたり継続的な収益成長率を実現するとともに,それを支える従業員の喜びとやりがいにも目が向けられてきました。
第3回から紹介するサービスエクセレンス規格の中にも,従業員のワークエンゲージメント(仕事におけるポジティブで充実している状態)に関わる記述が所々にみられます。ただし,読み手にとって複雑にならないよう,あくまでも対顧客の観点を中心にまとめられています。そのため,社内でサービスエクセレンス規格を導入・活用する際には,WISAG社にみられるようなビジョンや図式で,社員・従業員の立場を補完したメッセージを打ち出していくというのも一つの方法でしょう。
なお,従業員の喜びとやりがいの他,顧客との親密性を高め,ファンを増やしていくということは,顧客から新たな協力を得ることにつながります。このことはサービスの設計や提供に関わる中長期的なコスト削減だけでなく,新たな価値を共に創っていく(共創)という観点においても重要になってきます。この点は,ISO/TS 24082の設計規格で強調されていますので,第5回でまた触れたいと思います。
[1] それぞれの略語は,CCR (Customer Complaint Resolution), CS (Customer Satisfaction), CD (Customer Delight)を表す。
[2] M.トレーシー, F.ウィアセーマ(著), 大原進(翻訳). The Discipline Of Market Leaders (邦題:ナンバーワン企業の法則). 日本経済新聞社, 2003.
[3] Hempel, R. (2016). WISAG Facility Service: Measuring and Promoting Customer Delight. in: Gouthier, M./Kohler, G./Moll, A. (Eds.): Management of Customer Delight, Kissing, 165-176.