転載許諾を得た記事)原辰徳 (2023). 連載 サービスエクセレンス規格で目指す組織のレベルアップと事業革新 第3回 ISO 23592(基本規格)の勘所. J-Club NEWS, Vol.29, No.4, pp.9-14.

今回はISO 23592(JIS Y 23592)を概説します.一部抜粋・要約しているため,規定事項の正確な表現や適切な取り組み(appropriate practices)の詳細は,規格文書や逐条解説書籍をご参照ください.

サービスエクセレンスの効果の連鎖と7つの原則

図1は,サービスエクセレンスの効果の連鎖と呼ばれる図で,JIS Y 23592に登場する用語を整理しているともいえます.つまり,サービスエクセレンスという組織能力(裏の競争力)を発揮し,エクセレントサービス(行為や提供物であり,表の競争力)に変換して顧客に届けることによって,卓越した顧客体験,そしてカスタマーデライトがもたらされます.

次に,JIS Y 23592では,サービスエクセレンス実践の基本指針として以下の7つの原則が示されています.

  • 外部視点を取り入れた組織運営
  • 顧客との関係の深化
  • 違いを生む人々
  • 顧客,従業員,請負業者及び
その他の利害関係者へのバランスの取れた配慮
  • 機能別管理アプローチ
  • 技術の活用
  • 利害関係者のための価値の創出

これら効果の連鎖と原則は直接何かを要求するものではありませんが,以降に書かれる規定事項や適切な取り組みの前提となるものであり,より良い理解のために大切です.

図1 サービスエクセレンスの効果の連鎖(JIS Y 23592を基に作成)

サービスエクセレンスモデルと9つの要素の対象範囲

JIS Y 23592にあるサービスエクセレンスモデル(図2)では,カスタマーデライトにつながる組織能力の源として,4つの側面と9つの要素が規格化されています.その上で,各要素について取り組むべき活動がまとめられています.大半は推奨事項(should)ですが,一部は要求事項(shall)です.JIS Y 23592を参照することで,カスタマーデライトの実現に向けた取り組みとして大事なことは何か,足りないものは何か,無意識に行っていたものは何か,どこを強化していけばよいか,などを体系的,包括的に検討できます.9つの要素間に明確な順序関係はありませんが,サービスエクセレンスの戦略をしっかりと定め,それを他の要素に反映していくことが理想とされます.このことからもわかるように,サービスエクセレンスはリーダーシップと戦略を重視するトップダウンのアプローチです.

また,9つの要素に書かれている内容は多岐に亘り,また要素間で一部重複します.そこで,各要素がカバーする範囲を,サービス提供組織と顧客との関わりを整理した図3をみて大まかに理解しておきましょう.サービス提供組織(以下,単に組織)には,顧客と直接関わる提供者(従業員)のみならず,サービス提供を支えるバックオフィスの人/部署や自組織の管理者や経営者がいます.また,協業先や請負業者といったパートナーも,同様にサービスを提供する組織に含まれます.図の自組織やパートナーの領域では,左にいくほど,組織全体の管理者と経営陣の立場に近づいていきます.「リーダーシップ及びマネジメントの条件」では,他の要素での取り組みに類似した記述が登場しますが,それらは他の要素に対するリーダーシップの在り方といえます.図最下部の「サービスエクセレンスの活動及び結果の監視」では,他の要素に関わる指標開発と利用が述べられており,全体を外から眺めるような位置づけにあります.図上部の「顧客体験に関連する効率的かつ効果的なプロセス及び組織構造のマネジメント」では,パートナーを含めた顧客体験のマネジメントの重要性が強調されており,自組織が中心の他の要素と違いがみられます.

以降では,9つの要素とそれらの副次要素について概説します.

図2 組織能力の多面的な理解を記したサービスエクセレンスモデル(JIS Y 23592を基に作成)

図3 サービスエクセレンスモデルの要素の対象範囲

サービスエクセレンスのビジョン,ミッション及び戦略

長期的なサービスエクセレンスのビジョン,ミッション,戦略を定めることが要求されています.これら3点は,組織が目指す卓越した顧客体験を方向付け,またその意図をサービスエクセレンスモデルの他要素への取り組みに反映していく上で重要です.そのため,組織の全体戦略との整合の確保も推奨されています.

副次要素「サービスエクセレンスのビジョン」とは,サービスエクセレンスを達成するために組織がどのようになりたいかについての願望です.顧客の期待と要望を上回るという願望を示した長期的なものとして準備されることが要求されています.ここで,“組織がどのようになりたいか”とありますが,あくまでも目指すべき卓越した顧客体験や顧客の感情面から明示されることが大切です.また,そのために用いる語彙も“デライト”や“歓喜させる”などに限らず,ポジティブな感情を示す表現全般が候補となります.

「サービスエクセレンスのミッション」とは,ビジョンの実現方法に関する組織のコミットメントです.ビジョンの到達点と目標を設定する戦略開発を可能にする長期的なものとして準備することが要求されています.

「サービスエクセレンスの戦略」とは,サービスエクセレンスのビジョンとミッションを堅実な原則,目標,行動に置き換えたものであり,首尾一貫していることが要求されます.

リーダーシップ及びマネジメントの条件

サービスエクセレンスの戦略の決定・実装・維持において重要な役割をもつ取締役会メンバや管理者による,サービスエクセレンスへのコミットメントが要求されています.サービスエクセレンスの実現には,従業員が最大限のサービス能力を発揮できる環境構築のためのトップマネジメントが重要です.

副次要素「リーダーシップ」では,全てのレベルの関係する管理者がサービスエクセレンスに焦点を当てるとともに,組織全体を捉えたサービスエクセレンスの文化の構築が推奨されています.そのために管理者に対して,“サービスエクセレンスのビジョン・ミッション・戦略の開発と組織内での伝達”,“関連する一連のパフォーマンス指標を用いた戦略実施の進捗管理“,及び“従業員へのサービスエクセレンスに関する動機付け”などが推奨されています.

「努力,定義された責任及び目標の共有」では,従業員が卓越した顧客体験を提供できる環境の構築が推奨されており,それを管理者の強力なリーダーシップと模範により実現することが述べられています.そのために,“各々が及ぼすサービスエクセレンスへの影響の十分な認識”や“意欲を起こさせるサービスエクセレンスのターゲットの確立”などが推奨されています.

「従業員の権限委譲及びエンゲージメント」では,管理者は従業員に対して“顧客に影響を与える意思決定への関与”,“個々に応じた訓練や指導の提供”,及び“カスタマーデライトの達成に最善を尽くすことに動機づけられる労働環境の構築”などを行うことが望ましいとされています.後述する他要素「従業員エンゲージメント」と併せて理解しておくのが良いでしょう.

サービスエクセレンス文化

組織に属する人間が何を考え,感じ,行動すべきかを方向付けるために,サービスエクセレンスの価値や姿勢などを明確化するとともに,企業文化として定義,伝達,実装していく活動が述べられています.

副次要素「サービスエクセレンス文化の定義」では,サービスエクセレンスへのコミットメント,権限委譲,挑戦の受け入れ,要求を超えることなどを含めることが推奨されています.その上で,“従業員との緊密な連携によるサービスエクセレンス文化の分析と明確化”,及び“サービスエクセレンス文化の企業文化への組み込み”,“成功やお褒めの言葉など顧客からの肯定的なフィードバックの称賛”などが推奨されています.最近では,組織の共通な価値観を明文化したものとしてバリューズ(あるいはバリュー)がよく用いられます.このバリューズにサービスエクセレンスの考え方を反映させていくことが,実践方法のひとつです.

「サービスエクセレンス文化の伝達」に不可欠なコミュニケーションの対象は組織内外に及び,また様々なプログラムとメディアを通じて維持・発展されます.管理者は,“サービスエクセレンスの提供において期待される従業員の行動の提示”などを行うことが推奨されています.

「サービスエクセレンス文化の実装」では,組織における全ての取り組みに浸透させるべく,“利害関係者からの定期的なフィードバックの収集によるサービスエクセレンス文化の浸透具合の継続モニタリング”や“他組織との経年ベンチマーク”などが推奨されています.こうした継続評価以外にも,行動規範への反映,管理者や従業員個人のターゲット(目標)へのサービス文化の要素の盛り込みなどが示されています.

従業員エンゲージメント

卓越した顧客体験の創出に向け,共有の価値観,信条,慣行を奨励し維持するために,人的資源のプロセスとツールの使用が要求されています.その上で,特に経営陣に対する推奨事項として,“卓越した顧客体験とカスタマーデライトに対して従業員が熱心で意欲的であることを確実にすること”が述べられています.従業員エンゲージメントとは,従業員が組織にコミットし,自分の仕事に熱意を感じ,自らの判断で努力する程度のことです.エンゲージメントが高い従業員は,顧客及び組織に対して期待されている以上のことを行うよう動機づけられます.本要素は以下六つの副次要素からなり,従業員エンゲージメントがサービスエクセレンスにおいて非常に重要であることがわかります.

「新しい従業員の受け入れ」では,サービスエクセレンスに対する姿勢と行動に重点を置くことが推奨されています.具体的には,“サービスエクセレンスへの最善の姿勢と文化に合う従業員を採用するための様々な手法の利用”,“顧客や組織文化・価値観に焦点を当てた明確な新人研修プログラムの利用”などが推奨されています.このように新規採用に注目している点は,例えばISO 9001などにはないJIS Y 23592の特徴といえるでしょう.

「従業員の継続的な学習及び成長」では,サービスエクセレンス全般の学習プログラムとともに,特に顧客接点のある従業員に求められるスキルに焦点を当てた学習プログラムの確立が推奨されています.卓越した顧客体験の提供は,継続的な学習姿勢が期待される専門的な職務です.

「従業員又はチームレベルにおける顧客からのフィードバック」では,サービスの提供側,特に経営陣の想定と大きく異なる場合がある,顧客体験の定期的なフィードバックが推奨されています.具体的には,“顧客調査による顧客体験の聞き取りの仕組み利用”や“サービス提供レベルに関する顧客からのフィードバックの頻繁な分析と対応”などが推奨されています.

「従業員の評価及びアセスメント」では,従業員のサービスに対する姿勢を組織内で定期的に評価することに加えて,従業員自身もその姿勢を自ら示していくことが推奨されています.組織としては,“従業員の職務記述書への,カスタマーデライトと卓越した顧客体験の提供目標の統合”や“模範的な人物への支援・承認・称賛”などが推奨されています.

「承認制度」の原文はrecognition or acknowledgement systemです.成果や業績等に対する承認の方針は,サービスエクセレンスを推進する上で極めて重要であり,“サービスの卓越性を主目的とする前向きな承認文化の促進”や“卓越したサービスの行動の促進に焦点を当てた公式/非公式の承認制度の確立”などが推奨されています.

「従業員からのフィードバックの仕組み」では,従業員エンゲージメントを強化しサービスエクセレンスを向上させていくための従業員フィードバックの収集が求められています.従業員から学んでいくために,従業員の声を聞き,活用する手段の運用が推奨されています.

顧客のニーズ,期待及び要望の理解

本要素で取りあげられている分析・調査手法は,顧客の声(VoC)をはじめとして,本誌の読者に馴染みあるものが殆どですが,それらを徹底し,卓越した顧客体験につながるよう引き上げていくことが重要です.

副次要素「顧客の声に耳を傾ける範囲及び深度」では,顧客調査の方法を,単発ではなく永続的に行い,また追いかけられるような仕組みとして構築することが推奨されています.また,暗黙的な期待や感情面にも注目した聞き取りの組み込みが推奨されています.

「データ獲得及び利用の体制構築」では,様々な方法を用いて一貫した顧客調査を行うことが推奨されています.顧客接点における従業員間でのデータ共有・活用など,企画段階に限らないサービスの提供場面への展開が重要です.

「顧客のニーズ,期待及び要望への適応」では,様々な要因変化に対するサービスの適応と更新を念頭に,“起こり得る変化の予測と適応の能力の準備”,“明示されていない要求事項のサービスへの要求事項への変換”などが推奨されています.

卓越した顧客体験の設計及び改良

カスタマーデライトを達成するために,卓越した顧客体験の提供に関する計画・実装・マネジメントが推奨されています.

副次要素「顧客体験の設計及び文書化」では,目指す顧客体験を顧客の視点から設計することが推奨されており,その中で顧客と従業員双方の感情の結果を含めることが述べられています.さらに,顧客体験に関する文書化とその定期的なレビューが述べられています.

「組織のサービス標準の設定及びサービスに関する約束の提供」では,市場をリードする内部標準の設定・維持だけでなく,定期的にそのサービスに関する約束を超えることが推奨されています.顧客側の視点で顧客体験からサービスを眺めることが重要になりますが,そうした見方は“アウトサイド・イン”と呼ばれ,“インサイド・アウト(提供側の視点でサービスを届ける)”と対比されます.

「組織全体への顧客体験の概念の展開」にあたっては,設計した顧客体験のコンセプトに含まれる要求内容を文書で示すことが推奨されています.顧客や請負業者と共同して行うようなローカルな業務に対しても顧客体験のコンセプトを適宜変更させて合わせられることを組織が確実にすることが推奨されており,これは特に大規模化・分散化した組織において重要といえるでしょう.

「サービスリカバリーのエクセレンス」では,従来の問題と苦情への対処において,個別の方法と驚きのある方法を加味していくことが,卓越した顧客体験とカスタマーデライトの創出における条件であると述べられています.つまり,サービスエクセレンスピラミッドのレベル3とレベル4を意識したサービスリカバリーの方向性が示されています.

サービスイノベーションマネジメント

継続的な改善や段階的な進歩に加え,飛躍的な進歩で言い表されるサービスイノベーションは,新しいサービスや顧客との約束,より良いサービスの提供やパフォーマンス向上などを通して,顧客に特別な付加価値をもたらします.

副次要素「イノベーション文化」では,顧客と従業員双方の視点からサービスエクセレンスに関わるイノベーションの文化の奨励・発展が推奨されています,そのために,“共同的,アジャイル,オープンなイノベーション文化の実装”や“革新的なアイデアや慣行に対する報酬設定”などが推奨されています.

「構築されたイノベーションプロセス」では,サービスエクセレンスに関わるイノベーションを定期的に取り入れられるよう,アイデアの創出,考案,発展,市場投入の4ステップを含むプロセスの構築が推奨されています.また,“イノベーションの促進を助けるネットワークの構築”や“進行中のイノベーションプロセスへの十分な時間,資源,配慮の割り当て”などが推奨されています.ビジネスモデルキャンバスなどの具体的な手法・ツールの使用もこの副次要素に当てはまります.

顧客体験に関連する効率的かつ効果的なプロセス及び組織構造のマネジメント

顧客や外部環境の変化に対応できるよう,顧客体験に沿った適切なプロセス,技術,手法,及び組織体制をもつことが推奨されます.また,目指す卓越した顧客体験のコンセプトや顧客志向の重要性を,サプライヤーなどを含むサービスのバリューチェーン全体に反映させていくことが推奨されています.

副次要素「顧客体験に関連するプロセスのマネジメント」では,内部プロセス及び顧客体験に関わる全てのプロセスをパートナーと連携させることが推奨されています.マネジメントの内容は,特定,設計,実施,監視,報告,改善など多岐にわたります.

「顧客体験に関連する技術及び手法の展開」では,技術と手法を卓越した顧客体験の提供に役立てていくことが推奨されています.これは,日常業務における従業員への支援にもつながります.顧客体験マネジメント全般の技術・手法の他,チャットボットや一連の顧客体験を可視化するカスタマージャーニーマッピングなどが紹介されています.

「組織構造及びパートナーシップのマネジメント」では,“顧客体験に関わるプロセスに沿って構築され,顧客中心アプローチを奨励できる組織構造”,“顧客体験に影響を与えるパートナーや利害関係者との緊密な協力への投資”などが推奨されています.提供するサービスにおいて合意された品質保証レベルや水準である,サービスレベルの合意(SLA)もこの中で言及されています.

サービスエクセレンスの活動及び結果の監視

サービスエクセレンスモデルに焦点を当てた一連の指標開発が要求されるとともに,これらの指標を全部門に対するモニタリング,改善,革新のために用いることが推奨されています.

副次要素「因果関係」ではサービスエクセレンスの効果の連鎖の要素と関係性の中で,最も重要な決定要因/指標を理解し,測定,分析することが推奨されています.参照すべき因果関係の例としては,従業員エンゲージメントがカスタマーデライトに与える影響などがあり,連載第2回の図2で示したような原因と結果の略図などをつくり,あらましを説明できるようにするのが良いでしょう.

「業績評価指標の使用」では,サービスエクセレンスの概念のマネジメントと改善のために,整理した因果関係に基づいた一連の指標の利用が推奨されています.さらに,それらをサービスに関する指標セットを用いたスコアカードへと統合していくことが推奨されています.成果指標や調査方法として,顧客労力指標(customer effort score)も挙げられており,これはNPSなどの顧客ロイヤルティ調査と並んでよく用いられます.

「測定手法の使用」では,継続性と合目的性を持った上での測定手法の選択に加え,その業界で最高のパフォーマンスを持つ組織の基準を用いたベンチマークの構築が推奨されています.

「運用的,戦術的及び戦略的なレベルにおける指標の使用」では,組織文化の支援と促進や,良い取り組みの更なる発展のために指標を使用することが推奨されています.“関係する利害関係者との透明かつ頻繁な結果の共有”や“あらゆる部門と階層での指標の活用”に加えて,“顧客や従業員の体験談などの定性データの併用”などが推奨されています.