転載許諾を得た記事)原辰徳 (2023). 連載 サービスエクセレンス規格で目指す組織のレベルアップと事業革新 第6回 ISO/TS 24082(設計規格)の手法と事例. J-Club NEWS, Vol.30, No.3, pp.10-16.
今回は,前回概説したISO/TS 24082(JIS Y 24082)で言及されている手法の一部を紹介します.これらは人間中心設計(ユーザ中心設計),デザイン思考,サービスデザインで用いられる手法・ツールとも重複しますが,エクセレントサービスの設計に用いる上では,感情面とカスタマーデライトへのつながりをより意識することが大切です.なお,JIS Y 24082は,製品機能の提供・使用を中核としたエクセレントサービスとカスタマーデライトを除外するものではありませんので,以下では製品とサービスとを特に区別することなく示していきます.
A)顧客に対する理解及び共感
ペルソナ
このカテゴリで思い当たるものは,ペルソナ法でしょう.ペルソナとは,ターゲットとなるユーザグループを代表する架空/仮想の人物像を設定し,その人物に対してサービス開発を行う手法,またはその人物像(ユーザ像,顧客像)自体のことです.調査から得られた情報に基づき,名前,年齢,職業,価値観,ライフスタイル,該当サービスに関する知識や反応などを具体的に細かく設定します.この手法は,関係者間の意思疎通を円滑化にし,ターゲットを定めるのに役立ちます.私は20年前ほどにペルソナ法を学びましたが,書籍に書かれていた,以下のメッセージが印象に残っています.
- 優れた開発者ほど,ユーザのことを考えない(自分ができてしまうから)
- ユーザ像は,伸び縮みさせて姿形を変えられるゴム人形ではない(設計者の都合良く変えてはならない)
- 作成したペルソナを設計開発の一員として扱う(ペルソナの反応を常に確かめ、質問する)
ペルソナの考えが一般化した昨今,また特にエクセレントサービスの設計では「ペルソナを作成して終わり」とせず,後述する共感マップを併用するなどして,より深い共感と洞察が得ることが重要です.
ラダリング法
個々の製品,サービス,ブランドなどのもつ属性が,どのような顧客の価値をもたらしているかを明確にする定性分析手法です.手段および目的の連鎖モデル(means-end chain model)に基づき,表面的ではない顧客の価値構造を可視化し,理解することが可能です.図1に示すように,属性より上位へと“機能的ベネフィット”,“情緒的ベネフィット”,“価値観”のカテゴリが用いられることが一般的です.対個人向けサービスでいえば,価値観は生活価値観や生活信条などが該当します.「そのことがあることで,あなたにとってどんな良いことがありますか」という質問を繰り返し,はしごを登るようにして深層に掘り下げていきます.これは,なぜなぜ分析にも似たアプローチですね.製品での例として,図1では洗濯機の“ヒートポンプ式の乾燥”,“静音性”という属性がどのような価値につながっているかを示しています.この方法では,情緒的ベネフィットを軸として,製品・サービスがどのように顧客の感情にポジティブな影響を与え,デライトを生み出す可能性があるかを探求することが可能になります.
共感マップ
ある特定の顧客視点で,感情と行動を一目で俯瞰可能なように,“Say・Do・Think・Feel”の四つの観点で一枚紙に書き出し,整理する手法です(図2).各観点の意味は,Say(顧客が言っていること),Do(顧客が実際に行っていること),Think(顧客が考えていること),Feel(顧客が感じていること)です.図2は,母親を介護する家族介護者を対象にした共感マップの例です.図2の様式の他,SayとDo,ThinkとFeelを一緒にした上で,Hear(顧客が聞いていること)とSee(顧客が見ていること)という外部からの影響や環境を追加したバージョンもあります.共感マップは,より良い顧客体験を検討していくにあたって,顧客に対する洞察(インサイト)およびニーズを特定するのに有用です.例えば,ペルソナ作成後に,共感マップを使用してその顧客の内面的な動機,感情,体験をより深く掘り下げることに用いるのが良いでしょう.また,JIS Y 24082の中では,対応する適切な取り組みとして“特定のタイプの顧客について知っていることを,設計チーム内で明確にし,共有する”ことが書かれています.このように共感マップには,設計チーム内での顧客理解の一致を生むことにも役立ちます.
その他,JIS Y 24082では,“顧客のニーズ,期待及び要望の理解”に関する副次要素“b)データの獲得・利用の体制構築”では,フィールド調査の情報を活かすことが述べられており,例えば次の二つのツールが紹介されています.
シャドーイング
顧客の日々の生活や製品・サービスを利用する場面に直接立ち会い,その行動や思考を客観的に観察する手法です.これには,顧客が製品をどのように使用するか,サービスをどのように体験しているか,または現場スタッフがどのように業務を遂行しているかをリアルタイムで観察し,その振る舞いや感想,問題点を把握することが含まれます.この方法は,エスノグラフィック調査のひとつで,影のような存在になって調査することに由来しており,直接的で深い洞察を提供してくれます.
サービスサファリ
自身を顧客の立場に置き,実際にサービスを体験することで,そのサービスの体感を得る手法です.このアプローチでは,例えば研究者やデザイナが直接,様々なサービスを利用し,顧客としての経験を通じて,そのサービスの強みや弱み,顧客のニーズや課題を深く理解できます.サービスサファリを行うことで,顧客が直面する具体的な問題点や,サービスの利用過程での感情的な反応をリアルタイムで把握することができます.これにより,サービスの設計や改善に向けて,実際の体験に基づく客観的な洞察を得ることが可能です.
B)設計課題及び独自の価値提案の明確化
顧客問題ステートメント
JIS Y 24082では,設計課題の明確化に関する適切な取り組み例として,前回紹介したHMWステートメントとともに,顧客問題ステートメントが挙げられています.顧客問題ステートメントは,その名の通り,顧客が直面している具体的な問題や課題を特定・表現したもの,およびそのためのツールです.このステートメントを通じて,関係者全員が顧客の問題に対する共通の理解を持ち,同じ方向性で各自の業務に取り組むことが可能になります.このツールもまた,単に顧客の問題を明確にするだけでなく,顧客の感情面の表現を含みます.顧客の感情や体験をより的確に理解することで,共感的で効果的な解決策につながる洞察を得ることができます.
顧客問題ステートメントでは,表1に示すような文章形式でまとめることがよく行われます.例えばスマートフォンのユーザ(顧客)を対象に,これらの形式を用いてステートメントを構築すると,例えば以下が得られます.
「(I am a)私は日々の業務とコミュニケーションにスマートフォンを頼りにしている多忙なビジネスマンである.(I am trying to)一日中チームや顧客とつながっていることを目指しているが,(But)スマートフォンのバッテリーがすぐに切れてしまい,困っている.(Because)これは,そのためのアプリのバックグラウンドでの消費電力が想定よりも高いようで,また充電器に常にはアクセスできないからである.(Which makes me feel)これにより,重要な業務時間に連絡が取れないことに対して不安やストレスを感じる.」
視点 | 文章形式 |
役割 | I am a(私は・・・) |
達成したいこと | I am trying to (私は・・・しようとしている) |
問題や障壁 | But(しかし・・・) |
根本の原因 | Because(なぜなら・・・) |
感情 | Which makes me feel (それによって・・・と感じる) |
価値提案キャンバス
価値提案を明確化する方法のひとつとして,JIS Y24082では価値提案キャンバスの活用を挙げています.価値提案キャンバスは,顧客のニーズと製品・サービスが提供する価値とを結びつけるためのフレームワークです.このフレームワークは,顧客プロファイルと価値提案の二つのエリアで構成されています(図3).
右側の顧客プロファイルのエリアは,顧客が達成したいこと(タスクや目的),直面している問題(ペイン),および得たい利益(ゲイン)に焦点を当てます.図中のcustomer jobsが,顧客が達成したいことを表し,基本となるニーズもここに含まれると考えてください.左側の価値提案のエリアは,顧客が達成したいこと,ペイン,ゲインに対して,製品・サービスがどのように応え,どのような特有の価値や解決策を提供するかを検討します.より具体的には,gain creatorsとはゲインを実現するための(製品やサービスの)要素・機能を示します.一方,pain relieversとはペインを軽減または解消するための要素・機能を示します.ペインは日本語で“痛点“と表記されることも多く,ペインを解消してゲインに変えることができれば,より良い感情的な体験,ひいてはカスタマーデライトを期待できます.
図3は,ケア・介護用品ファッションブランド “KISS MY LIFE”を対象にした価値提案キャンバスの例です.このブランドは,治療中や療養中の患者を対象にしています.提案された顧客価値は,おしゃれで可愛いデザインを持ちながら,ケア・介護用品としての機能性も兼ね備えていることです.また,病院内で開かれる可愛らしいワゴンショップにより,患者が見舞客と一緒に買い物を楽しむ体験が可能になります.これは,従来のケア・介護用品にはなかった新しい顧客価値を提案しており,患者の生活の質の向上に寄与します.
C)顧客接点及びデータポイントによる卓越した顧客体験の設計
データポイント
前回,効果的なデータポイントの構築の取り組みとして“カスタマージャーニーマップやサービスブループリントの利用”があることを述べました.データポイントとは,顧客の感情的な体験の実現に向けて鍵となる箇所や定点観測すべき箇所であり,顧客の行動やサービスに対する反応の他,サービス提供者の行動にも紐付けられます.
図4は,JIS Y 24082の附属書に掲載されているカスタマージャーニーマップの標準的な様式の最下部にデータポイントの層を追加したものです.また,図5は,航空機の機内サービスでの乗客(顧客)と客室乗務員(提供者)の活動をまとめた簡易的なサービスブループリントであり,ワークショップで作成されるレベルの詳細度に留めた例です.本稿では,最下層にデータポイントを追加しています.最下層以外の層は,やや専門的な言い方になりますが,line of interaction(顧客行動と提供者活動の区分),line of visibility(提供者活動のうち,顧客からみえる/みえない活動の区分),line of internal interaction(提供者活動のうち,時間的・空間的に離れた間接業務の区分)と呼ばれる三つの区分に沿って整理されています.また,サービスブループリントでは,同図のようにサービスに付随する物的証拠(physical evidence)を上部に記述する場合もあります.この機内サービスの例では,属人的であるが重要なデータポイントを明らかにし,それを提供者間(従業員間)で共有したり,サービスブループリントに明記して顧客体験への影響を理解したりする使い方が示されています.
タッチポイントマトリクス
顧客と製品・サービスが接触するさまざまな場面(顧客接点=タッチポイント)を体系的に理解し,分析するためのツールです.このツールは,顧客体験の全体像を捉え,重要な接点での体験を最適化するために用いられます.JIS Y 24082では,直接このツール名称は挙げられていませんが,本文で言及される顧客接点のマネジメントを行う上で実務的にもよく用いられるため,本稿で取り上げたいと思います.具体的には,タッチポイントを縦軸に,顧客の行動フェーズを横軸に配した表を作成し,各タッチポイントでの顧客の体験を分析します.ここでのタッチポイントには,Webサイトやメールなど各種チャネルも含みます.
タッチポイントマトリクスの作成には,以下の4つのステップが含まれます.
- タッチポイントの識別: 顧客が製品やサービスと接触するすべての点を特定します.
- カスタマージャーニーのマッピング: 顧客体験の過程をマップし,複数のシナリオを想定して,それぞれにおけるタッチポイント間の遷移を明確にします.
- インタラクションの評価: 各タッチポイントでの顧客のインタラクションを評価し,体験の質を分析します.
- 改善の機会の特定: 分析結果をもとに,顧客体験を改善するための具体的な機会を特定します.
少し形を変えたものとして,カスタマージャーニーマップの階層に組み込まれたようなタッチポイントマトリクスの使い方もあります.この使い方では特に,カスタマージャーニーマップ上で特定されたタッチポイント(横に並べる)に対して,サービス提供側の組織(個々の部署,縦に並べる)がどのように関わるのかを交差する形で表します.第4回で紹介したISO/TR 7179には,ファシリティ・サービスを手がけるWISAGの社内で実際につくられた,この形式のタッチポイントマトリクスが掲載されています.
D)共創環境の設計
前回は,価値創成の領域図に沿って共創環境を説明しました.今回は,第4回で紹介したヤマヒロ株式会社の自動車サービスステーションの事例でみてみましょう.本事例にみられる,サービスの約束の明確化から始まる顧客体験の協働デザインの特徴は以下の通りでした.
- 三点思考(顧客−車−自社)に基づく顧客との対話
- 顧客への約束の提示:特に顧客に読み上げるメンテナンスポリシーは,同社の価値観,サービス基準,約束事を反映
- 顧客が望む体験の協働デザインのプロセス:同社の標準的なカスタマージャーニーとして文書化されている
これを当てはめてみますと,図6のようになります.サービス提供側,顧客側,および両者がコミュニケーションをとる場面における役割が明示されています.加えて,三点思考,メンテナンスポリシー,社内標準文書が,サービス提供者と顧客間の共創を促進する環境(ツール)として活用されていることがわかります.
E)エクセレントサービスのための設計を評価する
顧客視点に基づいた観点での評価の適切な取り組みとして,“ストーリーボード,デスクトップ・ウォークスルーなどのプロトタイピング手法によるサービスの体感プロセスの具現化”が挙げられていました.成果物としてのプロトタイプよりも「プロトタイプを作成する行為・過程が重要である」ことが強調されており,プロトタイピングという表現が使われています.
ストーリーボード
絵コンテや四コマ漫画のようにイラストや図を用いて,顧客体験の一連の流れを物語形式で描く(見える化する)手法です.理想的な顧客体験に関するアイデアの検証,新サービスのプロトタイプテスト,既存サービスの使用状況の再現による改善点の発見などに役立ちます.ストーリーボードは,顧客の視点から製品・サービスの体験を詳細に描くことで,デザインチームに深い洞察を提供し,製品やサービスの改善に直接貢献します.
デスクトップ・ウォークスルー
付箋,小さな人形,その他の小道具や模型を使って,サービスの提供場面を具体的に表現し,机上で再現する手法です.これにより,実際のサービスの状況を容易に想像し,何度でもシミュレーションすることが可能になります.デスクトップ・ウォークスルーは,楽しくインタラクティブな方法でアイデアを発想し,議論を促進するのに有効です.これを通じて,新しいサービスの概念の検証や,既存のサービスフローの問題点を発見することができます.
[1] 以下を基に作成(CC BY-NC-SA 3.0): Mortensen, D. (2021, April 28). How to Visualize Your Qualitative User Research Results for Maximum Impact. Interaction Design Foundation – IxDF. https://www.interaction-design.org/literature/article/how-to-visualize-your-qualitative-user-research-results-for-maximum-impact
[2] 以下を基に作成:小関伸明 (2019, June 28). 患者らしくより自分らしく「KISS MY LIFE」の顧客価値. アントレプレナーズ・ジム. https://www.entre-gym.jp/report/valueproposition-example/kiss_my_life/
[3] 以下を基に追記: 原辰徳. サービスブループリント(第II部, 3章 分析法). 日本デザイン学会・松岡由幸 編集, デザイン科学事典, 丸善出版, pp.430-433, 2019.